細倉マインパークで鉱山労働者と戦争捕虜の声に耳を澄ませる

02.マニアック紀行

実は鉱山の坑道探検が好きなわたくし。

そんな私の耳に「2026年3月末で一般公開が終了する鉱山観光施設がある」という情報が入ってきました。

その鉱山とは、秋田県鹿角市の「尾去沢鉱山」。

台湾仲間で日本在住のRさんが教えてくれたのですが、なんとRさんのお爺さんが尾去沢鉱山で働いていたのだとか。

さらにRさんが「車出すよ~」と言ってくれたので、

もうこれは行くしかない!と急遽日本行きを決定しました。

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旅の準備

休み前になると急に仕事が立て込むのは、何という現象なんでしょうかね…。

案件の締切直後に旅行を入れてしまった自分を嘆きつつも、

早めに準備を始めていたおかげで大きな混乱は回避できました。

・旅の服を組み合わせて準備

・日本円の両替(台新銀行ATMが便利)

・MRTや空港までのアクセス時間を確認

 

しかし当日の朝もバタバタで、化粧ポーチ一式を部屋に置き忘れたことに空港で気がつきます。結局日本で最低限のものを買い足しました。

事前準備していても、出発当日に詰めないといけないものってありますよね。

台北から成田までの移動記録

7:15台北駅発の桃園MRTに乗車。やはり土曜の早朝は空いてます。早めに空港についてから朝食。

9:00チェックイン。受付開始直前の8時はカウンターが混雑していたけれど、9時は待ち時間なしでした。

機内手荷物の重量チェックがあるので重量には気を付けましょう。

その後2階の手荷物検査→出国カウンターを出るまでは10分ほど。

 

10:40台北発 成田行 MM626便に乗りました。

台北ー成田線は、タイガーエアの新潟や小松行きと比べると日本人比率が高めで新鮮でした。

成田空港到着後は意外とスムーズで、飛行機の着陸からバスでの移動、入国、空港駅まで約35分ほどでした。

大宮〜小山〜古川へ

成田から大宮へ移動し、一泊。
翌日、栃木県小山市へ。ここでRさんと合流し、東北へ向けて4時間のドライブ開始です。

この日は宮城県古川駅前のホテルに一泊しました。

まずは細倉マインパークへ向かう

翌朝8:40、宮城県栗原市の細倉マインパークに向けて出発。

東北の冷たく湿った空気の中、1時間ほど車を走らせます。

途中でクマの出没マップを見ると、点が増えていきます。いよいよクマの生活圏に入ってきたことを実感しました。

令和7年度クマ目撃等情報 https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/sizenhogo/r7kuma.html

ギン☆ギン☆ギン☆ギン☆銀山ボーイズ♫

気分を盛り上げるために、兵庫県生野銀山の伝説的PRソング「ギンギラ銀山パラダイス – GGGZPDS -」 を車内で再生しました。

かつて銀を採掘していた兵庫県生野銀山。

再現展示用の人形によって「GINZAN BOYZ」というアイドルグループが結成されいます。実際に曲も出していて、それがこの曲。

一度聞くと頭から離れない中毒性を持った曲です。ぜひ聴いてみてください。

細倉マインパークに入坑!

細倉鉱山の概要

細倉鉱山は、宮城県栗原市にある日本有数の非鉄金属鉱山。

主に 鉛・亜鉛・硫化鉄鉱 を産出していました。

採掘は16世紀後半からで、1934年に三菱鉱業が本格開発し、最盛期には神岡鉱山、豊羽鉱山に次ぐ規模を誇りました。1987年に閉山後、坑道を活用した「細倉マインパーク」が公開され、採掘現場の歴史を体感できます。

9:30の開館と同時に入場。

平日だし他にお客はいないと思いきや、カップルが1組先に入っていきました。

 

当日は冷たい雨が降っていました。寒い…。

坑内は14度で体感的には外と同じ位なのですが、風がない分暖かかく感じました。

人形を使った再現の様子がとてもよかった

観光坑道に入ってすぐ登場したのは、入坑点検の人形!

聞こえる、東北訛りの再現音声!

ただ説明を流すのではなく、「当時の労働者たちがどんな会話をしていたか」を想像させる作りが素晴らしいですね。

人形一体一体の顔が違っていて、本当にそこにいた人物のように見えてきます。

坑道内部の機械の動きを解説する模型も動いてかわいいです。

今なら全て平面パネルでCGで示してしまうのだろうけど、模型には模型の良さやかわいらしさがありますね。

シュリンケージ採掘法

突然現れた広い空間は、鉱脈に沿って上へ上へと掘ったためできた空間でした。

働く人形たち

鉱山は閉山後も有害な廃水が出続けるため、半永久的に廃水処理が必要となります。

ポスターがかわいすぎる

細倉鉱山の坑道の総延長は約600km。そのうちの777mが観光用に整備されています。坑内の所要時間は40分くらいでコンパクトに回れるのもよかったです。

坑内は1年中気温が14度くらいなので、夏でも薄手の上着があった方がいいです。

ジオラマ

マインパークの敷地内にある細倉鉱山資料展示室には、操業当時の町のジオラマが展示されていました。ジオラマの製作者のかたは父親が細倉鉱山の労働者で、ご自身も社宅に住まわれていたようです。こんな立派な社宅が広がる町だったとは!

地元の人が作成した当時の地図。

製錬所は現役で稼働中

鉱山は閉山後も有害な廃水が出続けるため、半永久的に廃水処理が必要となります。

細倉鉱山は採掘は終了したのですが、鉛の製錬所は稼働しており現役で残っています。

回収された使用済み鉛バッテリーが電気鉛や鉛合金といった製品にリサイクルされています。

https://withmaterials.mmc.co.jp/123

捕虜への謝罪と補償

細倉金属鉱業㈱正門近くの駐車場付近にて

製錬所を見渡せる場所に第二次世界大戦時の捕虜についての説明板がありました。終戦時に281人(米234人、英45人、オランダ2人)の捕虜が収容されており、収容中に19人が亡くなったとあります。

 

調べてから知ったのですが、今回の細倉鉱山、尾去沢鉱山(次回記事)、そして銀山ボーイズたちのいる生野銀山はいずれも旧三菱鉱業株式会社の所有する鉱山でした。

こことさらに兵庫県養父郡の明延鉱山を含めた4箇所で、アメリカ兵を含む約900人の捕虜が強制労働させられていたとのことです。

 

2015年に三菱マテリアル(三菱鉱業株式会社の後継社)が米兵捕虜による強制労働に対して謝罪しました。企業による元捕虜への公式な謝罪は初めてだそうです。

そして2016年11月に説明板が設置されました。

▷三菱マテリアル、元米捕虜に初の謝罪 戦時中に強制労働(AFPBB News)https://www.afpbb.com/articles/-/3054964

▷「日本は、これまでに十分な謝罪をしてきた」岡本行夫氏「70年談話は未来志向で」(東洋経済オンライン2015/08/06 6:04)

https://toyokeizai.net/articles/-/79307

社会的に影響力を持つ大企業がこのように事実に向き合う姿勢は評価できると思います。記事の中でインタビューに答えている社外取締役の岡本行夫さんは元外交官。やはり外国からどう見ているかわかっている人が意思決定に入っていたのですね。

▷栗原の細倉鉱山、強制連行の闇照らす 地元で育った詩人(朝日新聞2021年5月27日 11時00分) https://www.asahi.com/articles/ASP5V6TW1P5BUNHB00H.html

戦争捕虜だけでなく朝鮮人労働者も働いていたそうです。

尾去沢鉱山を目指して秋田へ

細倉鉱山跡を見終えた後、「尾去沢鉱山」を目指してさらに秋田に向かいます。

12:00 前沢SAでランチ

細倉マインパークから車に乗って1時間ほどして前沢サービスエリアに着きました。

今回は高速道路でいくつもサービスエリアに止まりましたが、毎回楽しくてしょうがなかったです。

生姜焼き定食。おいしくて泣いちゃう。

 

同じくランチをしている地元の高齢者らしき方々の会話が、

訛ってて!興奮しました!

東北に来たことを実感します。

気がつくと紅葉が!

細倉鉱山で心が洗われたからなのか、雨が止んだからなのか、周辺の山がすっかり紅葉していることに気がつきました。

15:30秋田県大館市で投宿

東北の鉱山を巡る旅、次回に続きます。

こやま
細倉マインパークは2026年4月以降も参観可能です。紛らわしくてゴメン

細倉マインパーク情報

住所 宮城県栗原市鶯沢南郷柳沢2-3

アクセス 東北自動車道 築館ICから自動車で約25分

料金 ●観光坑道観覧・大人:500円・中高生:400円・小学生:300円

ホームページ https://visit-kurihara.travel/spots/120

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