日本で『台湾の跡』を探すということ

14. 日記

私の好きなことは、”台湾”で日本の跡を見つけること。

 

台北を歩く。高雄を歩く。台東を歩く。

一見なんの変哲もない街並み。

でもそこはかつてみなが憧れた百貨店があった場所だったりして。

日本統治時代は〜〜銀座と呼ばれ、目抜き通りだった場所。

 

建物が残っていたり、建物はなくても区画が残っていたり。

僅かな跡から、かつての街の様子を想像する。

宝探しのようで楽しい。

 

なにもなさそうな田舎の、おばあさんが経営している雑貨店。

でもおばあさんは日本語教育を受けて、日本語を話せたりして。

 

もちろん、日本との関わりを単純に喜んでよいわけではない。

台湾に日本の跡があるということは、なにより日本が台湾を支配していたという紛れもない爪痕でもあるからだ。

 

とはいえ、私は外国である台湾で、自分の母国である日本と関わりのある場所の存在が嬉しかった。

興味のとっかかりがあって、台湾のちょっとしたことが面白かった。

 

しばらくして台湾を終えて日本に帰ってきた私。

そして気づく。

 

今度は、”日本で”『台湾とのつながり』を見つけると嬉しくなっていたことに。

たまたま入った美容室の店員さんが台湾人で勝手に運命を感じたり、

台湾がルーツの日本人(湾生)の方々と台湾の思い出話をするのがすごく楽しかったり、

台湾のタピオカミルクティーのお店ができれば買いに行ったり、

台湾文化関係のイベントがあれば参加したり、

たまたま泊まった長野県の伊那の宿泊先の女将さんが台湾とすごく縁のある人だったり。

 

1年間の滞在だったのに、こんなに大きな存在になっていたなんて。

意識してない時に不意打ちで台湾と出会うと、運命だなって勘違いする自分がいて。笑

 

台湾留学を終えて、また台湾に戻るつもりだったのに戻れなくて、1年と5ヶ月が経った。

不思議なことに、この想いは少しも陰りを見せていない。

 

これからの自分と台湾の関係をどうするのか、どうしたいのか。

答えはもう出ている。

スポンサーリンク