馬場町記念公園で踊る中高年たちと南機場国民住宅

01.台湾の歴史を知る

台北市と新北市の境を流れる新店渓。

川に沿ってサイクリングロードが整備されています。

YouBike で自転車を借りて走ってみると、他にも同じように自転車に乗っている人、ランニングしている人などを見かけます。

周りに聞こえるような大音量で音楽をかけながら走っている人は台湾ならではですね。笑

新店渓サイクリングロードは台北市の南北を走り、全長10.06km。

夜でも電灯が灯っているので、走りやすいです。

しばらくすると広い空間に出ました。

日によってはここで中高年の人たちがダンスの練習をしたりブラスバンドの演奏をしています。

人々が集うこの空間は「馬場町祈念公園」。

以前は「白色恐怖紀念公園(白色テロ記念公園)」と呼ばれていました。

いったいどんな場所なのでしょうか。

馬場町刑場 / 創作者:內容力 / 數位物件授權:CC BY 3.0 TW + / 建檔單位:內容力有限公司 @ 國家文化記憶庫 https://tcmb.culture.tw/zh-tw/detail?indexCode=Culture_Object&id=301962

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日本時代は「馬場町」「台北練兵場」

もともとは花やお茶が栽培されていた河辺の原っぱです。採れた茶葉は大稻埕に運ばれて、精製されて世界各地に販売されていきました。

 

日本統治時代になり、陸軍部隊の歩兵の教練が行われる台北練兵場として使われました。馬術訓練も行われたことから馬場町という台北の行政区名がつきました。

馬場町刑場

国民党による統治が始まり、川沿いの堤防は1949年5月に完成しました。

馬場町刑場 / 創作者:內容力 / 數位物件授權:CC BY 3.0 TW + / 建檔單位:內容力有限公司 @ 國家文化記憶庫 https://tcmb.culture.tw/zh-tw/detail?indexCode=Culture_Object&id=301962

公園の中央には塚があり、碑文が置かれています。

馬場町刑場 / 創作者:內容力 / 數位物件授權:CC BY 3.0 TW + / 建檔單位:內容力有限公司 @ 國家文化記憶庫 https://tcmb.culture.tw/zh-tw/detail?indexCode=Culture_Object&id=301962

「1950年代に社会正義や政治改革を求めた人たちが逮捕され、ここで銃殺された」

「死者を追悼し、この事実を記念するためここ馬場町刑場の塚を保存する」

 

1950年代は白色テロと呼ばれる個人の言論を厳しく統制する時代になりました。市民らへの不当逮捕は数万から十数万人と言われ、数千人が処刑されました。

多くの市民が政治犯として捕まり、この河川敷で銃殺されたのです。一方で、強盗など別の犯罪による死刑も執行されました。また、国民党内部の官僚も処刑されています。遺族などに引き取られなかった遺体の多くは、六張犁の乱葬岡へ送られました。

1954年頃に処刑場は新北市の安坑刑場に移り、馬場町刑場の役割は終えたとされています。

南機場国民住宅

南機場夜市という有名な夜市は、このすぐ近くです。

国民住宅と呼ばれる集合住宅群。その下で開かれる夜市は毎週末になると大変な人混みです。

この南機場のエリアは戦後は国民党の国防部に接収され、軍人やその家族が住む眷村が形成されました。

 

すぐ隣の河川敷で銃殺が行われていたため、人々が連れて来られるトラックの音や銃殺の音が住宅地まで聞こえてきたそうです。

 

台風で川が氾濫するたびに深刻な浸水被害が発生し、バラックという違法建築や衛生状態の悪化が問題となりました。そこで、堤防を拡張しコンクリート造りのアパート群が作られることになります。

1963年に5階建てアパートが11棟建てられました。それが現在の南機場夜市のアパート群です。

建設資金は主にアメリカからの援助によって賄われました。政府も低金利の融資や長期の分割払いを通じて、人々が住宅を購入できるよう支援しました。

建設当初は最新式の住宅設備を有した憧れの集合住宅でした。

しかし2026年現在は老人、低所得者、外国人という社会的に弱い立場の人たちが多く住む場所となっています。

一部屋がとても小さいため、それぞれの住人が部屋を建て増ししています。細胞のように部屋が増えていくまさに違法建築の塊。それが南機場夜市の特異な景観を生み出しています。

住民たちの音の記憶

南機場夜市から馬場町記念公園に行くには水門を通って行く必要があります。

夜市と公園がすぐ近くにあることに、これまで気が付きませんでした。

 

人々が日常を送る住宅街のすぐ近くで行われていた銃殺刑。

 

ここではかつて銃声が響き、人々はその音を住宅地で聞いていた。
いまは同じ場所でブラスバンドの演奏が鳴り響き、ダンスを踊る人たちがいる。

 

過去を知らなければ、のどかな普通の公園に見えるかもしれません。
でもその一方で、この場所で多くの市民が殺されたことを胸に留めておきたいです。

そこは人々が集いし場所

私はこの馬場町記念公園が結構気に入っています。

ここに来るとダンスをしているおばちゃんたちがいて、ブラスバンドのおっちゃんたちがいて、椅子に座って休憩している人たちがいて、たまにパフォーマンスをしている若者もいたりして(炎を使ったファイヤーショーをしてました!)、人々がゆったり暮らす様子を見れるからです。

こういう人が勝手に集まって、それぞれ好きなことをしている、絶えず変化のある空間が好きなのかもしれません。

参考記事

馬場町紀念公園的前世今生 -時空旅行社

南機場公寓的歷史-角落台北 ‧ 尋寶徒

曾是最現代的集合住宅 南機場公寓的前世今生-報時光

從《大濛》到馬場町:被「罩雺」遮蔽的不義遺址-典藏ARTouch專欄

【黑色旅遊】第十三站:馬場町╱南機場-居墨

原馬場町刑場(馬場町紀念公園)-關於不義遺址

南機場國民住宅的歷史-國家文化記憶庫 

馬場町刑場-國家文化記憶庫 

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