バイクタクシーで北投温泉を巡る「北投へテロトピア」が旅の概念を変えてくれた

バイクタクシーに乗れるなんてめったにないし、北投の知らない場所を巡れるということで参加してみた「北投ヘテロトピア」。ほとんど事前情報がない状態で開始されるツアー、妙にやる気のあるバイクのおじさんたち、温泉地の裏歴史・・・予想していなかった結末が待っていた。そう、物語は突然始まった。

北投温泉とは

台北中心地から40分ほどの有名な温泉地。1894年にドイツ人によって発見された後、日本人の手によって開発が進んだ。日本統治時代は傷病兵の療養目的で、1960年代は日本人やベトナム戦争を戦うアメリカ人が北投温泉に癒しを求めてやってきた。現在は台北から気軽に行ける温泉地として人気がある。

北投ヘテロトピアとは

台北・北投地区を旅する、観客参加型の演劇作品です。ツアー参加者は、台湾で唯一この地区にしかないバイクタクシーに乗って、温泉地巡りを体験します。(パンフレットより)

<台湾国際映像展覧会 2016 TIVAへの出品作品>

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それは、壮大な演劇作品

受付を済ませてもらったのが一枚の地図。今回巡るのは7つのスポット。地名は書いていない。書いてあるのは通る道順と番号、そしてそのスポットの簡単な絵のみ。この時点では、どこに行くのか全く分からない。

集合場所の美術館の外に出ると、我々を待っていたのは3台のバイク。そう、今回は彼らの後ろに乗せてもらうのだ。ヘルメットを受け取り、またがる。行き先は、告げられない。

バイクの後部座席から見える風景は、いつもの風景とは違う。台湾人の足であるバイクに、私はほとんど乗らない。だからこそ、バイクに乗ると台湾人の生活がグッと近くに見えてくる。かれらが普段見ている風景はこういう風景なのか、と。12月だけれど、少し暑い春の日のようだった。顔に当たる風が気持ち良い。

旅の仲間

物語の始まりは、バイクタクシーの事務所。これから旅へといざなってくれるのはバイクのおじさんたち。そう、かれらが大切な旅の仲間なのだ。

路地に入って、バイクは止まった。私を乗せてくれたおじさんが「摩托計程車招呼站」と教えてくれた。摩托(モートー)と站(ジャン)しか聞き取れなかったけど。

え、ここ?

ここは、バイクタクシーのおじさんたちが待機する、会社の事務所。事務所といっても、ビニールの屋根に電話機が二つ置いてあるだけの場所なのだけど。おじさんたちは自由業で、働きたいときにここにやってきて、電話をもらったら仕事の場所に行く。

バイクタクシーの起源

もともと北投のバイクタクシーは、北投温泉の性産業で働く女性を乗せたことから始まった。1960年代北投は日本人が慰安旅行に行くとても有名な場所だった。日本人の男たちはそこで温泉と女を求めたのだ。北投は坂がきつい。坂を登るのは一苦労だ。そこで、お店からお店、お店から家へと女性をバイクタクシーが送り届けたのが起源なのだ。

解説は、家で聞きなさい

今回のツアーの趣旨は、各地点でQRコードを読み取り、そこからその場所の情報や物語を聞くというものだった。

そこで友人がQRコードの解説を聞いていると、おじさんが「ここの場所の話は、私がする。スマホの解説は家でも聞ける。今は、ここにある建物を見て、写真をとりなさい。」と言って、中国語でその場所の説明をし始めた。

現場は刻々と変わる。おじさんの解説は、実際にこのツアーが企画された時の話から、昨日仕入れたという情報まで、日々新しくなる生の情報だった。おじさんからしか聞くことができない話だった。

いま私は思う。おじさんは「その場で見えるものを見て、感じなさい」と言っていたのだ。そんな最近出てきたスマホをボーっと見るのではなく、いま目の前にあるものに向き合いなさい、と。

スマホの解説は家に帰ってからでも見ることができるけれど、おじさんの話は今しか聞けないんだ。

行く地点の状況は、その日によって変わる

三つ目のスポットは、旧公娼検査所。1966年以降、北投の公娼たちの性病検査所として使われていた場所だ。昨日までここは中に入ることができて、中の様子を見れたそうだ。でも、今日になったら中に入れなくなった。昨日から片づけを始めてしまったらしい。

五つ目のスポットの旧台北衛戍病院も、毎回中に入れるとは限らない。中まで入っていけるときは入れるし、入れない時は入れない。この日は中には入れなかった。

今回のツアーは、台湾国際映像展覧会の作品としての演劇作品だ。会期中、毎日開かれるこの作品は、演劇と同じように、毎日同じ作品になることがない

企画者やテーマは変わらないけれど、毎回参加者も参加人数も違うし、バイクタクシーのおじさんたちの組み合わせや人数も違う。雨が降る日があれば天気のよい日もある。状況が変化する中で、私たちは台本をもとにアドリブで演技をしていく。

バイクのおじさんたちがかっこいい

バイクのおじさんたちは私たちをコース以外の場所に案内してくれた。足湯や、不動明王堂に連れて行ってくれた。また、自分たちからガイドを買って出てくれた。このツアーの企画者は、こんな風にツアーが変わっていくことを想像していただろうか。

このツアーの会期は2016年10月15日- 2017年1月8日。私が参加したのは12月10日。ツアーが始まって約2カ月。ここで思うのは、おじさんたちがこの会期中に変化していったのではないかということ。

始めは、参加者はスマホの情報を聞いていただけだったかもしれない、けれど気さくで世話焼きなおじさんたちは、参加者とだんだん話すようになったのではないだろうか。始めは上手く説明できなくても、その場で情報を仕入れたり、前回の参加者に聞かれたことを話してみたりと。こういうおじさんたちの変化も、毎回違う作品を作るもとになったのではないだろうか。

旅をするなら、情報は少ない方がいい

今回のツアーは全体的に情報が少なかった。告知ページもフェイスブックの簡単なもの。どこを巡るのかは書いていない。配布された地図も、解説は一切書いていない。解説が書いてあるQRコードは、スポットに行かないと得られない。

情報が少なかったからこそ、その場にあるものをよく見ることができたし、感動や驚きも大きかった。未知のものを発見した喜びは何ものにも代えがたい。

情報社会で、私たちは実際に行動に移す前に得られる情報が多すぎる。そして知った気になって、目の前にあるものを自分で感じようとしない。今回のツアーは、そのことを示唆した作品だったように思える。

また行きたくなった

もう一度行けば、きっとまた違ったツアーになるに違いない。参加者の顔ぶれが変わるのはもちろん、おじさんの組み合わせも変わるだろう。今回行けなかった場所に行けるかもしれないし、今回行けた場所が行けなくなっているかもしれない。今日と同じ日が明日も続くとは限らないのだ。

物語は、終わらない

家に帰ってから、おじさんに「解説は家で聞きなさい」と言われたことを思い出した。解説を読んで、そこに書いてある物語を読んでみた。

行った場所を舞台とした物語が、解説と共に書いてある。私はくっきりと想像できた。私が行ったあの場所に、この物語の人達がいきいきと映っている。

私は、2回北投を旅した。一度は、バイクに乗って。もう一度は、物語を読んで。頭の中で、今日走った道を思い返していた。

ツアーが終わったからといって、作品が終わるわけではないのだ。今回のように、家に帰ってからも続く。いつまで続くだろう。またおじさんたちに会うまでだろうか。それとも、ずっとずっとずっと続くだろうか。

(取材日:2016年12月10日)

Information

「北投ヘテロトピア/北投異托邦」

【開催期間】2016年10月15日~2017年1月8日【場所と時間】鳳甲美術館より15:00に出発(月曜日は休み)。

ホームページ(日本語なし)http://www.twvideoart.org/tiva_16/Akira_TAKAYAMA.html

フェイスブックページ(日本語あり)https://www.facebook.com/events/679493212208247/

※おじさんたちの解説は全て中国語でした。日本語や英語は通じません。なので、中国語が分かる人と一緒に行くとツアーが楽しくなると思います。QRコードで読み取る解説は日本語があります。

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