台湾南部で『夕焼け小焼け』を踊った話~池上一郎博士文庫16周年式典に参加して~

01.台湾の歴史を知る

1月14日土曜日、私は踊っていました。台湾の南部で、「夕焼け小焼け」を。

観客は平均年齢80歳以上。踊り手は96歳のおばあさんと日本人女性数名。なぜ自分はここで踊っているのか、なぜ夕焼け小焼けなのか、なぜ事前に練習もせずに飛び入り参加しているか、訳が分からないと思いつつも、楽しくて、こんな変な展開が面白すぎてただ夢中に踊っていました。

なぜこんなことになったのか、お話しましょう。

屏東県竹田の日本語図書館『池上一郎博士文庫』

池上一郎博士文庫Facebookページより

台湾の南部に『池上一郎博士文庫』という日本語書籍を集めた小さな小さな図書館があります。元軍医の池上一郎博士が寄贈した本を元に2001年1月16日に開設され、現在ある本の多くは支援者からの寄贈によるものです。年に一度1月に周年式典が行われています。

池上博士は日本統治時代にこの竹田という地域で軍医をしていた人で、日本に帰ってからも竹田を第二のふるさとのように思い、日本語の本がなかなか手に入らない竹田の人の為に本を寄贈したり、台湾からの留学生に奨学金を贈った足長おじさんのような方でした。

今回はこの式典のために池上一郎博士文庫を訪れました。

竹田駅を出ると、演歌が聞こえてきた

竹田駅までは高雄から電車で40分くらい。電車の本数は1時間に1~2本と多くありません。

高雄を出てしばらくすると椰子の木が見えてきました。台湾の田舎に来たなという感じがします。

竹田駅は最近高架化され、新しくなっていました。古い木造の駅は新しい駅の隣に古跡として残されています。木造の駅舎は珍しく、台湾でも数件あるのみです。

池上文庫はその竹田駅のすぐ隣です。

駅を降りるとなにやら音が聞こえました。よく聞いてみると・・・。演歌だ!!

台湾の屏東で活動をする演歌サークルの方々。みなさん台湾人です。池上文庫のイベントに招待されて歌うことになったそうです。普段はほぼ毎日練習をしていて、主に歌うのは日本語の演歌。ただほとんどの方は日本語は分からないそうです。

「言葉が分からないにも関わらず日本語の演歌を歌うのは何故なのですか」と聞いたところ、「テンポが合うからです。親が日本語世代で、昔から演歌を耳にしていました。今の台湾の曲はテンポが速くてついていけない。演歌のテンポが私達にちょうどよいのです。」ということでした。親が聞いている演歌を聞くうちに、耳になじんでいったのかもしれませんね。

メンバーは60代を中心として最高齢は90代。人数は50人くらいいるそうです。みなさん練習を重ねているだけあって、演歌がすごくうまかったです。聞いただけでは台湾の人が歌っているとは思わない位でした。日本語の歌を歌うサークルが台湾にあるだなんて驚きでした。

隣に座ったおじいちゃんが・・・すごい人だった

式典は池上文庫の隣の建物で行われました。

式典でたまたま隣になったおじいさんに声をかけてみました。現在91歳。隣の集落に住んでいて、自転車で池上文庫によく本を借りに来るとのこと。91歳で自転車を乗りこなすなんてすごいおじいちゃんだわ~と呑気に思っていたのですが、後々分かったのがこの方、太平洋戦争で多くの犠牲者が出たインパール作戦での生き残りという、すごい過去を持った人物だったのです。

太平洋戦争のときに、志願して軍属としてインパール作戦に後方部隊で参加。敗戦後船がないためにすぐ台湾にはに戻れず、翌々年後に帰国。その間はミャンマーのムートンキャンプで英国の捕虜として労働に駆り出されていたのですが、キツい仕事ではなかったそうです。帰国してからは農業をしていたということでした。

この方の、背筋がスッと伸びていて、口数が少なく、自分から前に行くのではなく自分の役割が求められたときに役目を果たすその姿に、勝手ながらかつての日本人の姿を重ねてしまいました。戦争に行った大正生まれの日本人はこんな風であったのではないかと。

池上文庫を取り巻く近年の3つの変化

池上文庫名誉理事長の劉耀祖さん(84)が挨拶の中で、池上文庫が開設されて16年が経ち、近年3つの変化があったとおっしゃっていました。

一つ目が読者数の減少。日本語書籍を読むお年寄りが年々減少傾向にある。

二つ目が日本語学科の学生が漫画を読みに来るようになったこと。

三つ目が日本人観光客が訪ねてくるようになったこと。

 

池上文庫を取り巻く環境は変わってきています。日本の書籍を読む日本語世代が減っていく中でどう池上文庫を残していくのか。自治体は隣の竹田駅の木造建築とともに観光地として整備を進めています。

唱歌を唄うも、知らない曲ばかり。私は自分に欠けているものに気づいた

来賓の方々の挨拶が終わった後に、合唱が始まりました。『蛍の光』や『海ゆかば』を始めとした昔の日本の唱歌です。合唱団の方を中心に式典に参加している人たち全員で歌いました。

曲の歌詞が配られたのですが、9曲中私が聞いたことがある曲は4曲。ちゃんと歌えるものは3曲しかありませんでした。

え。知らない曲ばかり・・・。

でも、日本語世代の方は歌えるし、私より年上の方々も歌えるのです。『一月一日』や『富士山』なんて学校では教わらなかったよ・・・。この感覚、ゆとり世代故に学習指導要領から削られた部分があることに気づいた感覚と似ています。他の人たちは知っているのにどうして自分だけ(自分の世代だけ)知らないのだろう自分が持っているべきものが欠けている喪失感に襲われました。

<歌った曲リスト>
・一月一日
・富士山
・七つの子
・夕焼け小焼け
・海ゆかば
・赤い夕陽の故郷
・浜辺の歌
・送君珠涙滴(台湾の歌)
・蛍の光

そしてなぜか踊ることに

池上一郎博士文庫Facebookページより

合唱の途中に一人のおばあさんが前の方で踊り始めました。毎年式典で踊りを披露する名物おばあさんだそうです。

そして、おばあさんから一緒に踊る人を集めるように言われた友人が私に「参加してみない?」と声をかけてきました。よく分からないけど面白そうだったので参加してみることにしました。

おばあさんの踊りを見よう見まねで踊りました。無我夢中でした。人前でこんな風に踊ったのは保育園以来です(笑)小さい頃のお遊戯会を思い出しました。人前に出る恥ずかしさよりも、ただただ踊るのが楽しかったです。

『池上一郎博士文庫16周年式典』まとめ

日本語世代の方々に会いたい!と思い参加した今回の式典、沢山のおじいさんおばあさんからお話を聞くことができました。しかし参加者は年々減っているとのこと。日本語世代の方々は80代が中心なので当然なのですが、寂しいですね。でも地元の屏東大の日本語学科の学生達がたくさんボランティアで参加しているのを見て、まだ未来はあると思いました。

日本語世代の方が台湾語と日本語を交ぜて使っているのを初めて見て興奮したり、以前お世話になった池上文庫の館長さんに再会できたりと有意義な時間でした。

(2017年1月14日訪問)

Information

『池上一郎博士文庫』

台湾最南端の日本語の図書館 ※普段は館長さんがいらっしゃいますが、日本語はあまり通じません。

住所 屏東県竹田郷履豐村豐明路23號

営業時間 平日  8:30~11:30・14:00~16:30(土日  8:30~11:30・午後休館)

休館日 祝日 及び 月曜日

アクセス 高雄駅より台湾鉄道屏東線 竹田駅下車すぐ

Facebookページ 『池上一郎博士文庫』(日本語・中国語)

 


スポンサーリンク