台湾留学を終えてから2年ぶりに就職するまでの話①〜フリーランスを諦める〜

13.近況報告

最近大阪から東京に移動してきました!小山です。

なぜ移動してきたのかというと、就職のため。

あれ? 台湾留学を終えた後も台湾行くんじゃなかったの? 何があったの?

まあ、いろいろ理由がありまして…。

今回は近況報告を少しシリーズで書いていこうと思います。

====================

これまでの話

台湾留学を終えてから実家にこもっていたが、たまたまツイッターで映像編集のサロンを見つけ勉強するために大阪へ。半年間で映像編集のフリーランスになるために頑張っていた。

====================

本来は就職して会社に所属するのではなく、海外でパソコン一つでリモートワークができるフリーランスを目指していました。

日本円で稼ぎ、物価が低い台湾で生活費を抑えつつ暮らし、好きなように台湾を研究する、というのが理想でした。

そのために2018年1月から映像編集を学び始めたんです。

 

ある程度勉強が終わり、自分で案件を取ってくる…という段階でつまづきました

「案件ってどうやってとるねん?!」

知り合いに映像関係の人はいないし、映像を必要としている職種の人もいない。

 

とりあえず知り合いが多そうな人に連絡をしても、

「どんなものが得意なの?」

「作品を見せて」

と言われ、うまく答えられず…。

始めたばかりで得意不得意はまだよく分からない段階なので、なんでもいいから案件をやりたかったんです。

授業で作品は作ったものの、先生の実際の案件を素材として使っているので、部外秘。人には見せられなかった。

 

そして一方で

「このままフリーランスになっても、好きでもない案件をこなしていくだけなのでは?」という不安もあった。

住み込みをさせてもらっていたゲストハウスも、そろそろ出ていかないといけないといけなくなっていた。

このゲストハウスを出て、どうする?

新潟の実家に帰れるが、帰ったところで刺激がなく一人で悶々とする日々になることが見えていた。

 

大阪で一人暮らしをすることも考えた。

一人暮らしをするには、どんなに頑張っても最低でも5万円はかかる。

今の生活費に+5万円。

案件がすぐに入ればよいけど、そうでなかったら貯金もすぐ底を付いてしまう。

今の週3のバイトを週5にすれば、生活費と家賃を払えるだろう。

だが、私はバイトをするために大阪に来たわけではない。

 

集中して映像ができないゲストハウスに居続けるか、一人暮らしという掛けにでるか、実家に帰るか・・・。

悩んでいた。

 

次の話→

スポンサーリンク