多くの日本人が将来海外で働くようになったら…年号を使わない生活になるかもね

ニュース、見ました。

天皇陛下の退位の件、とうとう来年2018年末に行われるんですってね!

平成、終わっちゃうのか…。

時代が、またひとつ終わるような感じがしますね…。

自分の時代が終わる・・・

これまで、大学生の時は社会人の人に、就職してからは先輩方に「平成生まれなの!?」と驚かれて、

内心「へへ、そうだよ。わたしゃ平成生まれのピチピチだよ」と思っていたのですが、

それがもう一昔前になってしまうだなんて!!

私は平成の前の『昭和』の時代がすごくすごく好きなのですが、一方で昭和は自分にとってはフィクションのようなもので、歴史なんですね。(昭和の明るさと闇のアンビバレントな感じが好きです)

それが、今度は自分が生まれた時代が歴史になると考えると…なんというか…。

歳とったなあ、と。もう若くないなあ、と。

いやあ、年齢が若いほうがいいという価値観は嫌いなんですが、思ったより長く生きているなと思うのです。

昭和、平成と区切ることで、ひとつ前の年号はずっと古いものに思えてしまうんですね。

自分の中で『昭和』と『平成』ってこんな位に境目がある

大学時代に塾の講師をしていて、平成二桁の子供達を教えたときも「フタケタ!」と驚いたのですが、いつか新しい年号の子どもたちに出会ったらまた驚くんだろうな。

未来は年号を使わない生活になるかもしれない

一方でこの年号は多くの日本人にとって関係なくなる可能性もあるなと思うのです。

私は今台湾にいて、日付といったら2017年や台湾の年号である民国106年というものしか見てないんです。

そうなると、今『平成何年』なのか分からなくなっちゃうんですよね。

そう、今年って2017年というのは分かっているのですが、平成何年なのか実感がないんです。

最近だと「あれ、平成28年だったよね? え、平成29年だったの!」っていう。

今年の2月に日本に帰ったときに平成29年というものを見て、なんか1年未来に来てしまったような錯覚を覚えました。

平成29年という実感が全くないです。

未来になると、多くの日本人が海外に出て働くようになるかもしれない。そうなると年号とは関係なく西暦で暮らすようになる

だから、新しい年号の子どもたちが社会に現れても、その年号はあまり意味がなくなる可能性もあるなと。

西暦で考えれば同じ一連の年であって、年号のようににスパッと切れるものではなくなり、新しい年号だからと行って『平成』が一昔前になるなんてことはなくなるのではないかと。

そう、自分がこれから迎える未来では、時代のとらえ方も変わりうるわけで。

つまり、分かりにくくなったけど、平成が終わることはショックはショックだけど、自分は年齢に翻弄されないぞという強がりなのでした。ちゃんちゃん

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